ダメケル

三十代ニートの日記

シン・エヴァンゲリオン

 エヴァ初放映時、僕は10歳だった。地方に住んでいたので何週か遅れの放送をたまに見ていた。たしか日曜の昼間やっていたと思う。内容はまったく分からなかったが、エヴァが暴走して使徒を食っているシーンは結構脳裏に焼き付いている。

 世代というわけではない。あの頃の自分には少しだけ早すぎた。だから、上の世代の人が熱心にエヴァ論を語っているのを見て、ちょっと羨ましいと思っていた。  

 テレビ版、旧劇場版、漫画版は軽くなぞったくらい。だいたいのストーリーとキャラクターは知っている程度だ。あまり思い入れはなかった。なんか人気のアニメシリーズがあるなぁくらいの距離感。

 新劇場版エヴァンゲリオン序は友達に誘われて劇場に見に行った。そのときは20歳で大学生だった。話の筋は知っていたので、あぁよくまとまってるなぁくらいの感想しか抱かなかった。 破とQは配信で観た。感想としてはよく分からないだった。

 ただ、その後、庵野秀明という人物には興味を持つようになった。「シン・ゴジラ」や「アオイホノオ」にハマって、この人は一体どういう人間なんだろうと思ったのだ。過去作や彼が影響を受けた作品を片っ端からというほど熱心ではないが、何本か観るようになった。

 いつにまにか僕は34歳になってしまい、シン・エヴァンゲリオンが公開された。なかなか好評で劇場に見に行こうか迷ったが、結局スルーした。なるべく感想や評判を見ずに配信まで待つことにした。  

 その間に改めて、序・破・Qを鑑賞。色々なところで言われているが、エヴァ庵野監督の私小説だ。ここを抑えておくと、エヴァへの理解度はぐっと深まる。モチーフやアングルに監督の個性を見いだせるくらいには自分の見方も成長したと思う。これまでの作品の作り方を壊しながら、どんどん新しいことにチャレンジしているのだなという風に感じれた。

 そして、ようやっと、シン・エヴァンゲリオンを鑑賞。

 なんかよくわからないけど、ぐっときた。専門用語が飛び交い、話としてはあんまりついていけないけど、心の根っこにある柔らかな部分を触られた感覚だ。

 前半の第三村の生活シーンは意外だった。エヴァってもっと内面的でウジウジしたモノだと思っていたので、あんな風にちゃんとコミニティの良さを前面に押し出すのが驚きだ。あまりにも良すぎてちょっと偽善的な感じすらしたが、後半でゲンドウが他人を拒絶するところと呼応しているのだろうか。

 どの登場人物にも肩入れすることなく、フラットな視点で見れた。新劇場版を観て思ったのは、シンジくんが可愛そうすぎ。勝手に巻き込まれて、良かれと思ったことがことごとく裏目に出るのが不憫だなぁと思った。だから、それが成長していくバネになったのかもしれない。  親子関係に世界を巻き込むなよと冷静に突っ込む自分もいたが、監督の心情吐露に莫大な金とスタッフをつぎ込んでいる作品だと思うと、構造は似たような感じなのだ。

 めちゃめちゃハマったともいえない作品だが、それでも四半世紀近い時間を共に過ごしたと思うと、なかなか感慨深いものがあった。ニワカの戯言に過ぎないが、同じ時代に生まれてよかったといえる。逆に今から何かの作品に惚れ込んで、同じ時間が過ぎても、同じような感動は味わえないと思う。子どもの頃に観たというノスタルジー込みの時間経過がなんともいえない気持ちにさせてくれたのだ。

 

 


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